与えられる事で奪われる物もある。
奪われる事で与えられる物もある。

一方的に、暴力的に
ただただ与え続けられる事によって生じる物を貴方はどう受け止めるのだろうか。

さながら聖母のように
慈悲を持って、圧倒的に
ひたすら奪われ続ける事は本当に貴方を苛んでいるのだろうか。

奪う事も与える事も、支配の一つである。

私は快楽が好きだ。
私は加虐が好きだ。
私は支配が好きだ。

然し、一人ではそれを行う事が出来ないのだ。

快楽が好きだからといって自慰がしたい訳でもなく
加虐が好きだからといって何でも良い訳ではない。
遍く全ての人類を支配したいとは私は思わないし、求めない者に与える愛も私は持ち合わせてはいない。

私の手の届く範囲求める全ての変態達に、肉体も精神も私を刻み付けてやりたいというだけ。

例えば、呼吸を管理する事。
方法は多岐に渡るが、私の求める結末としては一つ。
生存権の剥奪、及び人格、個としての支配管理。
勿論のこと、私は法に触れる行為は行わない。
だけれど、考えて欲しい。

酸素を求め喘ぐ脳髄に、肺腑に、血液に、本能に
私は其れを与えない。
貴方はその選択に恭順する事が出来るのだろうか?
そして、其れを与える事も行う。
貴方はその行為にどれほどの意味を理解出来るのだろうか。
例え数分であったとしても着実に貴方の思考は奪われ、脳細胞は死滅し、理性は消え失せ、大人しく最期を受け入れるヒトなどそうそう居ないだろう。
生かされる喜び?苦しさから解放された喜び?生に縛り付けられるという絶望?
酸欠の脳味噌でマトモな思考を保てるのかしら。
奪われる、というのは一種の自由を与えられる事でもある。
与えられる、というのは一種の権利を奪われる事にも繋がる。
貴方が求めているのはこの行為のどの部分なのだろうか。

サド、マゾ、といっても一概に言えない者ばかりで
私はこのFetishi-SMに入店するまで全くSMに関わった事のない、所謂【一般的な人】であった。

少しばかり本や雑学が好きで、知識を取り入れる事に楽しみを覚える性質なので
幼い頃から辞書や絵本、漫画から小説、聖書から説明書、目に付く文字の書かれた物は読み漁っていたので早熟と呼ばれるタイプの子供ではあったけれど
実際に目にして体験し納得するまでは考えを改めないし、どちらかと言えば偏見が強い人間でもあったと思う。
というのも、【変態】が苦手だったのだ。

上述の通り早熟気味の子供であったこと、性格的にも外見も大人しく見られるタイプだった事から
子供からは異質がられ、大人からは持て余されてきた。
とはいえ私は【一般的な人】であった為、普通に傷付いてきたし、如何に【普通】を装い紛れる事に苦心もした。
ただ心と体が追い付かず、そして何より私の求める【普通】は、周りの求める【普通】ではなく
それに気付ける事が出来る程に私は余裕が無かった。
いっそ変わり者を演じてみても違和感は拭えないし、個性的な人物として居るにも疲れてしまう。

私は疲れていた。
気が付けば私は大人と扱われる年齢になっていたのに、いつまでも【普通】に囚われ続けているのだ。

私には姉がいる。
戸籍上は姉と言えないが、遺伝子情報としては間違いなく姉の存在。
ただ私は彼女が姉である実感は無いし、姉とも思っていない。大切な家族ではあるのだろうが、誕生日も知らなければ会う事も殆どないだろう。
そして姉はきっと私を妹とは知らないし、もしかしたら知っているかもしれない。ただ知っていたとしても今更私を妹とは扱わないだろう。

人と人との関係というのはどうしてこうも単純なのに、他人は複雑にしたがるのだろうか。
それはきっと、拘り、囚われているからなのだろう。

私は【変態】が苦手だった。
そんな事を受け入れてしまったら、もうきっと【普通】では居られないと思っていたから。

実際の所、どうだろうか。
私は今、余りにも昔と変わらない。歳は確かに重ねていくだけあって、少しは考え方や物事に対しての向き合い方も変わってきているだろうが
【変態】を認めた所で、私は変われなかったのだ。
私は元々、所謂【変態】だったのだろう。
でもそれが普通でない事と何の関わりがあるというのだろうか。
私はそれが【普通】である事を選んだ。
SMクラブに所属する女王様として生業を立てている事は母にも友人にも打ち明けているし、今も私が普通に囚われているのは変わらないけれど
それでも、私は此処に来る事で気付きを得る事が出来たのだ。

私は快楽が好きだ。
私は加虐が好きだ。
私は支配が好きだ。
私は普通が好きだ。

それは、どれをとっても私には当たり前の事で
非日常として扱う物でもなく、日々の糧として必要な物なのだと今は思える。
それを普通として扱われる事が出来るのは周囲に恵まれているからだと言う人も居るだろう。私もそう思うからだ。
ただ、それは私がそういった心地のいい環境を選んできただけに過ぎない。それが出来ないのであれば私は親であろうと切り捨ててきただろう。
私はようやく選ぶ自由がある事に気付いたのだ。

私はSMに【普通】を奪われ、そして【解放】を与えられた。
思考による支配は響きだと恐ろしく、悍ましい物と感じてしまう人も居るだろう。
けれど考えてみて欲しい。
可能性は決して一つではない。
痛みも、苦しみも、喜びも、悲しみも
己の都合によく考えられる者が一番【幸福】なのだ。
私は選ぶ事が出来るようになった。

マゾの中には痛みを好む者も居れば、誹りや羞恥を好む者も居るし、人間として扱われたい者も居ればポゼッションプレイ(人格を剥奪し、モノとして扱うプレイ)を愛する人も居る。
何を魅力に思うかは千差万別で、とても此処に書き切れる物ではないのだ。
そして逆も然り、である。

私は女王様としてこのクラブに所属しているが、サドかマゾかなんて聞かれても答える必要があるのか分からないし、結果的にどちらであったとしてもどうでもいいのだ。
ただ私は此処に女王様として在る以上、相手の事は識る必要があるし、求められる物を与える。
与えるというのは相手の思うままにされていると思う人も居るだろう。サービスのSだという言葉もある。確かにそうかもしれない。
ただ、与える事の本質が果たしてそれだけなのだろうか?

私は支配する事が好きだ。
そこから貴方が私に何を見出すのか、そこから私と貴方との関係は変わっていくのだろう。
選ぶ自由も選ばれる自由もある。求める自由も与える自由もある。それを支配し、コントロールしていきたいというのは何と傲慢な事だろうか。
ただそれが私の愛する一つなのだ。
それが互いにとって良い物としていけるか、それを主導していける主人となれれば良いと思う。













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